ひとりごと

煙草に関するあれこれ パイプフィクション

『依存せずに煙草を楽しむことは可能である』

『依存せずに煙草を楽しむことは可能である』

お爺ちゃん・お婆ちゃんになってもずっと煙草を楽しむための煙草の喫い方

 

 シガレットを吸う人は、どうやらあまり煙草を楽しんではいない方が多いらしい。

 パイプスモーカーは、煙草を喫う時間を大切にするし、煙草もパイプも愛している人が多い。

 

 パイプスモーカーという人種は、暇さえあれば、いいパイプはないかとPCやスマホの画面にべったりと張り付き、お気に入りの1本を飽く事なく求め続ける。

 お気に入りの1本ですうパイプタバコは、また格別だからだ。

 「おほっ。こやつの喫味は素晴らしき」と独り悦に入った時など、なにものにも代えられないくらいの安寧と静かな癒しを得られる。

 (たまに、非常に賢いパイプスモーカーがいて、彼らは、本気のお気に入りパイプをある程度の年月をかけて集めてしまうと、その数本だけでパイプ人生を全うする。彼ら曰く、「至高のパイプ・最高の普段使いパイプを求めると、ほんとうに限りがない。パイプは奥が深すぎる。故に、さっさと見切りをつけて、ピュアにタバコ葉を楽しむだけにする」という逃げ道もあるのだ!!)

 

 シガレットという煙草の形態は、肺からニコチンを摂取し、すぐに脳に到達するように出来ていて、はっきり言って、こんな吸い方では、いずれ依存症に陥ってしまうと思う。まあ、どんな喫い方をしようが、人それぞれだけども。しかし、肺喫煙の喫煙者が、依存症に陥り、「煙草を美味いと思った事はない」とか、「もう喫い過ぎて煙草の味がしない」とかいうのは、あまりにも悲惨だ。

 

 わたしも、昔はシガレットを吸っていて、煙草依存症だった。しかし、パイプ煙草に変えてから、煙草依存症に堕落することは無くなった。時々喫い過ぎたと思ったら、少しの間禁煙するようにしている。そうやって、バランスをとっている。シガレットは、こういう喫い方が出来ない。

 パイプ煙草は、なぜか、やめておこうと思えば、やめていられる。パイプ煙草だって、煙草は煙草なのだし、喫い過ぎれば、たぶん依存症になってしまうと思う。だが、私はパイプ煙草には依存したくない。せっかくこんなに美味しいものを、豊かな時間を与えてくれるものを、ないがしろにしたくない。依存してしまったら、パイプとパイプ煙草に失礼だ。

 

 パイプスモーカーが、パイプを大切にして、磨いたり、掃除したり、飾ったりするのは、パイプ喫煙が与えてくれる時間が、とても大切なものだからだ。自分がシガレットスモーカーだった時は、灰皿やライターに対する愛着などまったくなく、ただの大量生産品の使い捨てなのだし、大事にするのもばからしいと思っていた。私の使っているパイプは、とくに希少品というわけでもないし、そんなに高くはない物だし、しかも、かなりラフに扱っているので、傷もついている。掃除する時に、ナイフでボウルトップを少し傷つけてしまった事もある。私はカーボンをナイフで削っている。かなり自由にパイプを楽しんでいる。パイプは傷だらけでも愛着があるので大切に磨いている。

 

 パイプ煙草は、シガレットを吸った時のように興奮する感じはない。むしろ鎮静作用があるようで、とても落ち着く。じわっと効いてくる。人心地が着く感じがする。あまりこれと代替できるものは無いから、私は依存しないように煙草には細心の注意を払っているのだ。

 

 煙草を喫う事は、薬物依存だと断じる人がいるが、それは違う。シガレットは、「年がら年中、365日、朝から晩まで喫ってくれ」、というような存在感があるが、もともと煙草は、そんなに毎日、朝から晩まで喫う代物では無かったのではないかと思う。

 

 では、煙草はどういう時に喫えばいいのか。喫うべきなのか。

 親しい友人と時間を過ごす時。大事な事を考える時の思考のお供として使う。楽しみにしていた映画を、やっと見る時に使う。好きな作家の最新作をやっと読むタイミングが来た時に使う。趣味の時間にだけ使う。人生で数度くらいしかないような深い悲しみが訪れた時にだけ使う。

 朝起きたら、とりあえず煙草に火を入れるという生活は、不健全なのかもしれない。まあ、人によって体質的に煙草に強い人がいて、いくら喫ってもまったく大丈夫という人もいると思うので、自分の好きな人に自由に喫えばいいのだが。ただ、パイプ煙草はあまり無意味に喫いっぱなしにしたくないという感じがある。

 

 煙草や珈琲などは、あまり過度に使い過ぎると、自律神経が変になってしまう。そこまで喫ったら、もう依存だと思うので、私はそのような喫い方はしなくなった。これから先、煙草と上手に付き合うために、煙草と適度な距離を保つようにしている。

 適度な距離感とは、つまり時々、禁煙をして、依存に陥らないようにしている。いくらパイプ煙草には、シガレットのような酷く依存性はないとは言っても、やはり喫い過ぎると依存してしまうだろうと思う。煙草は依存性の高い物質なのだということをよく理解した上で、喫煙を楽しんでいきたいと思っている。

 

よく考えたら、昔は、酒の飲み方や煙草の喫い方を教えてくれた年長者がいたのだと思う。シガレット全盛になって、誰も煙管やパイプをやらなくなって、「肺喫煙が主流」というおかしな時代になってしまったのだと思う。

 煙草はずっと、「口腔喫煙が主流」だったはずだ。

 

煙草に依存してしまう人は、厳しいようだが、やはり依存しないように自分の生活を管理した方が良いと思われる。

では、煙草に依存している状態とは、どういう状態だろうか?

・毎朝、起きたらすぐに煙草が喫いたい

・全然、煙草の香ばしい甘さを感じないのに、惰性で吸っている。

この2つは、煙草依存者アルアルだと思う。この2つがきたら、しばらく禁煙して、美味しい煙草が喫えるまで待つくらいの努力が欲しいところだ。

 

ここまで書いてみて、煙草が可哀そうになった。「煙草は依存性の高い物質」なんて、人間の貼ったレッテルじゃないか!と叫びたい。だって、煙草は、人間側が依存したら「もう美味しくないでしょ?」と言っているのだ。煙草の味がもうしないくせに吸うのは、煙草が悪いんでなくて、人間が悪い。

パイプ煙草の葉っぱは、とてもいい香りがする。これは別に、着香ものでなくて、バージニアオンリーの煙草が、特にそうだ。質の良い煙草は、ある程度喫って満喫した瞬間、味がしなくなる。「もう、あなたのニコチン摂取できる上限の分は喫い終わりましたよ」とパイプ煙草が教えてくれるのだ。私はそういう喫煙体験を何度もしている。というか、パイプスモーカーだったら、誰でもわかるだろう。喫い過ぎた瞬間に、彼らは味がしなくなるから、「ああ、もう喫い過ぎなんだな」とわかって、しばらくはパイプを握らなくなる。パイプ煙草は、そこまで強く依存性を感じる事は無いから、パイプ休めも兼ねて、「プチ禁煙」をすることになる。

 

煙草は、味がして美味いと感じる時にだけ喫うこと。これは大事だ。

煙草の方は、「もうアンタ、ニコチン摂りすぎだから」と教えてくれるんだから。

煙草の味がしない、煙が旨くないし、甘くもない。そこで、諦めればいいのに、「もう一服してみたら美味しく感じるかもしれない」と煙を貪るから、依存に陥る。その程度の我慢や自己管理が出来ないようでは、大人の嗜好品をとる資格は無いのかもしれない。まあ、あまり厳しくは言いたくないけれど、煙草と上手に付き合っていきたいなら、その程度のコントロールは出来るようになっていた方が良い。

 

煙草を趣味とするなら、自分にはどれくらいのニコチン耐性があるのか、知っていた方がよい。「誰彼が美味いと言っていた銘柄」なんてものは、自分にはまったく関係ない。パイプ煙草の場合は、自分に合った煙草を探すという事が一番大切になる。ネット上に蠢く有名パイプスモーカーたちの中には、かなり味を知っているパイプ猛者が自説を披露してくれていて、流石だと頷く事が多いが、彼らはかなり舌が肥えているので、彼らが最も推すあの銘柄は、一般人には辛かったりする、事もある。

自分に合ったパイプ煙草が必ずある。これは感覚的な事だから、なかなか人に伝えにくいのだが、私の場合は、とても味が好きで、1番美味しいと思えるくらいに美味しい煙草は、残念ながら体質的に、少し合わなかったりする。美味しいのに、ずっと喫い続けていると、ちょっと体調が鈍ってくるというか。味は5番目くらいだが、体質に合うから、この銘柄、というのがあるのだ。

つまり、わたしは、常喫の煙草は、味だけで決めているわけではない。色々な要素を総合して、これを常喫に、と決めている。そういう煙草にはなかなか出会えないので、やはり自分でいろいろと試して、メモをとり、ようやく巡り合った。

本当に、煙草の好き嫌い、どれを常喫にするか、どれを買うか、どれが美味しく感じるかは、他人の意見はあまり参考にならない。というか、自分によく似た嗜好を持つ人の意見だったら参考になるが、声の大きな人の意見を間に受けすぎない方が良いというだけだ。

 

煙草には依存性があるのだから、喫煙量の上限は自分で決めろ

 

これを教えてくれる大人が、意外といなかった。

(むかしの大概の大人は、好きなだけスパスパ吸っていたから)

・1日に喫う煙草量の上限を決める。

・1か月うち、何日かは、休煙日をとる(あるいは1年のうち何か月とか)

この2つを死守していると、依存に陥る事はない。いつでも好きな時に煙草を止めておかれ、好きな時に再開できる。

 

 では、どうやって自分の体質と相談して、1日喫える上限を決めればいいのだろうか?また、どの程度、休煙日を取ればいいのだろうか?

 

まず、自分の体質を知るために、煙草を止めておく必要がある。依存している人は、体から完全にニコチンを抜いて、綺麗さっぱりになっている必要がある。いったん、依存してしまった体をリセットするのだ。話はそれからだ。依存している状態では、どれだけが自分にとって適度な喫煙量なのか?なんてわからない。

 

禁煙したら、通常は3日でニコチンは抜けると言われている。

だが、禁煙した人ならわかると思うが、体感としては、3日過ぎても、何か煙草の残存感みたいなものがある。そう感覚される。

ニコチンは、代謝されると別の物質となって、それが体から抜けるのに、まだ時間がかかる。個人的な経験では、5日~12日間くらいで抜けていく気がする。

完全に煙草を体から抜きたかったら、3日程度の禁煙では抜けていない事が多い。一応は、喫った分の大方のニコチンは抜けているのだろうが、代謝した分が体に残存していると思われる。

だから、いったん体から「煙草抜き」を行う人は、2週間くらいは頑張ってみてほしいと思う。

ヘビースモーカーの場合は、たぶん、2週間では、いろいろ他の感覚や体感が戻ることはなくて、1か月とか、3か月、あるいは2年とか3年の禁煙期間が必要になる人もいるんだろうと思う。ひどい煙草をの喫い方をして、しかも肺喫煙とかだと、戻るまで数年はかかるんだろう。

 

だから、煙草には最初から依存しない程度しか喫わないようにしておいた方がいいし、何より、近代化以降の悪しき習慣である肺喫煙などはしない方がいいのだ。

 

煙草は、口腔喫煙でも、十分に美味い。

 

さて、喫える煙草の上限をどうやって決めるか?という話だった。

煙草を喫い過ぎると、運動量が減る。趣味で週に1度はどこかへ散歩に出かけるとか、街歩きが趣味という人は、煙草を喫い過ぎると、活動量が減るので、散歩に出かける頻度が少なくなっていたりする。煙草を喫い過ぎて、運動量が減っている事に気づいたら、もう喫い過ぎだ。筋トレの習慣がある人も、煙草を喫い過ぎると、筋トレをする時間が減ると思う。そのように、他の活動時間が減っていないかチェックすることが必要になる。煙草は、上手に使えば、気力を補ってくれるが、喫い過ぎた途端に、体力や気力を削られてしまう。だから、1日で喫える煙草の量は案外少ないのだと思う。

 

もしくは、1日に喫える量を少なくしたくない人は、普段は禁煙しておいて、時々、好きなだけ喫う、というスタイルもありえる。これは、私もよくやっているスタイルで、1か月はほとんどまるまる禁煙して、3日~1週間だけ、好きなだけ喫いまくるというやつだ。どれだけ喫ってもいい。休みの日を挟めば、文字通り、朝から晩まで常に煙を漂わせている状態だ。風呂でもトイレでも。このやり方はけっこうよく、喫った満足感がある。3日間だけ好きなだけ喫いまくり、次の日から、早速また3週間~1か月の禁煙に入る。そして、また3日間だけ好きなだけ喫う。これが出来る人は、自己管理がうまい人だけだと思うので、自信のある人向けだ。たぶん、3日だけのつもりが、4日なり、5日になり、10日なり、結局喫い続けてしまう、という感じになってしまう人もいると思うので、自己管理が出来ない人はやってはいけない。

 

私は、1日の上限を決めている時は、最初から分量をはかり、小さなパックに1週間分の煙草を詰めておく。1か月で4袋分あるわけだ。1週間分を2日で喫ってしまう場合もあるが、その場合は、5日間煙草を休む。毎日、ちょっとずつ喫う場合は、7日間毎日喫っているという事になる。5日喫って、2日休む、みたいになる事もある。これはけっこう誰でも出来る簡単な自己管理法で、成功しやすいのでおススメだ。

 

煙草に依存してしまうデメリット

・煙草が美味しくない。美味しくないのに喫っているのは異常な行為。煙草の味がしない。喫い過ぎると、ちゃんと味が落ちて、もう喫うなと体が教えてくれるのだから、そこでしばらく喫煙はやめないといけない。それがわからなくなってしまった人間が多すぎる。体はちゃんと教えてくれている。

・色んな事が面倒臭くなってしまう。他人と楽しくお喋りのするのも、部屋の掃除をするのも、晴れの休日に散歩に出かけるのも面倒臭く感じてしまう。これはかなり危険な兆候なので注意すること。活動量が低下するのだ。

・美味しないのに喫っている分の煙草代が、余計な出費となってしまう。

・いちど、依存状態に陥ってしまうと、いったん体をリセットして、ニコチンを抜き、脳を良い状態まで持っていくのに、かなりの時間を要してしまう。依存していなければ、1日か3日も禁煙すればまた美味しく喫えるが、依存状態から元に戻すには数か月かかったりする事もある。回復まで時間がかかり過ぎるのだ。だから、最初から煙草を喫い過ぎないように工夫・管理する事が大切になってくる。

 

『煙草の誤解を解く』

その1

 一般に煙草は、「ヤニ臭い」と言われている。が、しかし、パイプスモーカーになってわかった事は、煙草が臭いのは、シガレットの「紙が燃えている匂い」であって、煙草の灰はまったく無臭だし、パイプの香りは、煙草を喫わない人も「いい匂いがする」といわれる。煙草は、臭くない。

その2

 煙草は依存性が高く、一度はまったらやめられない。これは、シガレットの場合はそうだろう。シガレットにはいろいろ添加物が含まれている。

 ところが、パイプ煙草や葉巻の依存症者というのは、あまり聞かない。シガレットは、1日我慢するのが大変だが、パイプの場合は、1日くらい我慢するのは簡単に出来てしまう。

 だからといって、私は煙草に依存性がまったくないとは言わない。やはり、喫い過ぎたら、パイプや葉巻だって、依存症になってしまうだろう。だが、世の中で通説になっているほどに、「本来の煙草」には依存性をあまり感じないということは言っておきたい。現に、これを書いている私は、ここ数日あまりに忙しかったため、もう10日以上、パイプ煙草を喫っていない。シガレット喫いだったら、10日煙草を喫うのを忘れていた、なんてことはありえないだろう。

その3

 煙草は肺まで喫う。⇐これは間違いも間違い、大間違いだと思う。シガレットを肺まで喫わず、口腔喫煙しているのを「ださい」というヤンキー文化が昔あった。「ふかし」は恐るべき事に嘲笑される対象だったのだ。

 パイプも葉巻も、優雅に口腔喫煙をするものだ。口腔喫煙はゆったりとニコチンを取り込む。シガレットの肺喫煙は、肺から直接ニコチンを取り込み、脳にすぐに到達する。肺から直にとか、そりゃ、体に悪いわ。どう考えたって、タバコは煙なんだから、あまり深く吸い込み過ぎると、喉や肺がオカシクなってしまうのは当たり前だろう。「そもそも煙草は、口にちょっと煙が漂ってくるのを楽しむ」くらいがちょうどいい。「煙草は、本来口腔喫煙が正解」。

 

煙草の誤解まとめ

1煙草臭い⇒臭くない。臭いのは紙。

2煙草は依存する⇒依存しない。パイプたばこを喫っていると休煙も簡単。

3煙草は肺まで吸え⇒肺や喉の奥まで入れちゃ駄目。煙草は口腔喫煙。ふかしOK。

 

これは覚えておこう。

『煙草はふかせ』

OKふかし!ふかしOK!